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書評

アジット・K・ダースグプタ『ガンディーの経済学 倫理の復権を目指して』

石井一也監訳、板井広明・小畑俊太郎・太子堂正弥・前田幸男・森達也訳作品社、2010.10.刊行

『東洋経済』20101120日号、158頁、所収

 


 

 インド独立の父として知られるマハートマ・ガンディー。彼の経済思想をコンパクトにまとめた好著が出た。

 市場原理主義でもなく、福祉国家論でもない。まったくオリジナルな「第三の経済学」という発想が、ガンディーの信念を貫いている。これまで闇に包まれてきたが、本書はその全貌を、遺された膨大な手紙や新聞論説類から鮮やかに描き出す。

 例えばガンディーは、健康な身体をもつ貧者は「ただのランチ」を食べてはいけないという。基本的なニーズを一度他人に依存してしまうと、捨てることができないからである。他方で成功した実業家も、貧者に恵んではならない。慈善行為は結局、貧者を怠けさせ、偽善や犯罪を生み出してしまうからだという。ガンディーは実際、物乞いと施しの両方を「罰すべき罪」にすべし、と提唱した。

 かといってガンディーは、国家に福祉政策を期待したわけでもない。経済的平等主義に対しては批判的で、状況発言からすると彼は、九〇倍程度の所得格差を容認していたようである。ガンディーは保健や教育についても、国家から自立した機関を作るべきだと考えた。例えば当時、税収の三分の一が酒税であるような国家が初等教育を運営することは、倫理的に正当化できないとみたわけである。

 では、どうやって貧しい人々を助けるのか。ガンディーの主張には、およそ三つあるだろう。一つは「スワデーシー(国産・地元産)」を優先して、外国製品を退けること。これによって労働者たちにも仕事が回り、自立して食べていくことができる。

 もう一つは、大胆なヒンズー教解釈によって「不可触民」の身分を廃止すること。これによって経済から排除されがちな人々をなくすことができる。

 第三に、富者はその財産を、労働者のために「信託」を受けて利用する義務があるという「受託者制度」の主張。これはつまり、基本的には私有財産制を肯定したうえで、富者たちがその経営手腕を発揮して社会全体に奉仕するという制度のデザインだ。

 企業家は例えば、労働者が清潔な労働環境で働き、安価で栄養価の高い食物を食べ、子供たちに初等教育を与える程度の「生活賃金」を支払う義務がある。企業側がそれを保障しなければ、労働者は非暴力・非服従運動によってストライキをする義務があるという。

 貧者を救うべきは、国家ではなく実業家である。その思想は現在、超低価格車「ナノ」で知られるタタ社の社会貢献にも現れていよう。現代の企業倫理を再考するための、確かな指針となる一冊だ。

 橋本努(北海道大准教授)